魚野真美 詩舎 夜の目撃者

詩と、その周辺について。

書評 詩と思想六月号 末広吉郎詩集『板切れ』

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書く機会をいただいたので、是非こちらにもご紹介します。
詩と思想六月号の書評ををこちらに載せておきます。


書評 末広吉郎詩集『板切れ』

今回恐縮ながら書評を書く機会を頂いた。詩集を読んで感じたことを言語化するのは難しい。
私が作品をことばにする際に気を付けていることは、作者の表した言葉にめいっぱい浸ること。
ひたひたになって私の中心に染み込んできたその時の感覚について、出来得る限り書いていきたい。

 末広吉郎詩集『板切れ』は白を基調とし、表紙の一部に左官が鏝(こて)で漆喰を塗ったような風合いが感じられる装丁だ。最近では家を建てる際、左官ではなく家主が鏝を使って壁を塗ったりするという話を聞く。そんな風に詩集『板切れ』も自ら壁に塗ったことばに囲まれながら生活する書き手の姿が見えてくる。

帯に詩句の一部が描かれている「洗濯物諸考」は、まぶたの裏にはためく洗濯物と実際のベランダに静止している布切れとの間に「僕の内部と違った光景」を語り手は見る。僕の内部ではためく洗濯物である僕のシャツが語りかけてくるという場面がある。

「僕の分身はそのまま虚空の中に消え去ってしまう」とあり「僕は僕なりの家庭の中にそれらの僕自身の分身を見失わないうちにしまい込まねばならない衝動を感じる」と続く。自分の無意識下に過去の記憶やパラレルワールドは息づき、現在の自分を支えていると思う。傷が疼く様にそれらが何者かに代わり現れた詩で、人間の内部の奥行きを垣間見る作品と感じた。末広の鏝によってつくられる透き通る塗り壁に、ことばが現在過去未来を自由にすり抜けていく。