魚野真美 詩舎 夜の目撃者

詩と、その周辺について。

鋭さを身に纏う柔らかな発光体ー佐々木漣詩集『モンタージュ』ー

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昨年秋、河津聖恵さんからぜひ手に取って見ていただきたいと紹介された詩集がありました。
それが佐々木漣さんの詩集『モンタージュ』です。このような体験はまったく初めてであったのでとても新鮮な気持ちで有難くお返事しました。

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黒の装丁に、抽象画のような絵が飾られている表紙。
人のような、街道のような、瓦礫のような煙のような描写。
25篇の中で印象に残った詩は「発行する人」「アオダモの樹を植樹するように」「犬の記録」「水の中で、燃えているか」です。
詩篇全体に流れる風景は、戦禍の中を歩いている印象。
詩の中にテロリズム、起爆装置、武装、ナイフ、瓦礫、弾丸になった一羽の鳥、肉塊など多くの「戦」を想起させる単語が並び、やや凄惨な状況を浮かび起こさせた。

p20「発行する人」で冒頭

「瞳の中で絶望を燃やしている山羊が/扶桑地帯の塹壕で、賛美歌で息をしている」

とあり、激戦の最中であることを想起させる。

「鈍色のヘルメットがきらりとしたら
一瞬だけ輝きを発する
きみは発光する人を見たことがありますか?
あれが、その人です」<<という詩群から物語の始まりを明示させる。

さらに

「フラッシュが焚かれれば写る、発行される人」<<と、

最終連では、

「誰に、
ついていくのだろうか?
自らで、同じ現在の下にいることを認め
初めての歩く自由に向かって
歩くには恐ろしく、あまりに遠い一日を
四つ足で、発酵する人々は」

で発光し発行され発酵してゆく、ある一人の軌跡が描かれる。
現実に己が轢かれてしまいそうな徹底的瞬間を捉えていると思いました。

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以下、印象に残った詩句を残しておきたいと思います。

「SOSは決して球場の外には聞こえない
だが、早朝の誰もいない街には
柔らかい霧がたっている
私たちが残せるのはそれくらいのものだ」

  p42「アオダモの樹を植樹するように」より

「私には、今
共に笑える人がいます
逃亡中でも心の中には
汚れていない部屋があり
今日も平穏であったことを
自分勝手に感謝するのです」

  p74「飼い犬の記録」より

「命を示している沈黙を、一日の哀歌とする」
「一日を暮らすだけのものを舌にのせ
溶けたものを飲み込む一瞬の痙攣
暮れていく」

  p106「水の中で、燃えているか」より


最初『モンタージュ』を読んだとき、私にとっては難解で現代詩の色が強い語彙が並んでいるように思え、とっつきにくく頭の中に言葉が入ってこなかった。
時を置いてもう一度読んでみた時、繋がりを辿れていなかった自分に気づいた。戦火の光景は身近な戦禍の惨劇について描かれているのかもしれないと解釈すると読み進めることが出来た。そうしてふと、冬の空気の中光る発光体のイメージが浮かんだ。

柔らかく光る星空やネオンは、耳が千切れそうなほど澄み切った冬の空気の中ほど鋭く光る。詩集『モンタージュ』は身の切られるような空気の鋭さ、痛さを身に纏った詩集と私は感じました。
詩集、ありがとうごさいました。