魚野真美 詩舎 夜の目撃者

詩と、その周辺について。

エリ

エリ祖母の家には猫がいた 名前をエリといった 猫を可愛いと思うのは女の子だからと思っていたし、エリはエリという名前だったから猫は全て雌猫なのだと当時年長組の私は思っていた。 もうひとつ、エリの身体にぶら下がるものがなかった。祖母はエリは「きょ…

春落ちてくる

『春落ちてくる』 あまりにも春が 豊潤で 呑気なので 花の咲く音が聴こえてくる中 雀の羽根のすき間 足跡のない猫の歩いたくぼみに さびしく型どられていたい空から急滑降する飛行機 速度感じるよ轟音 街灯の真下で裏返るかたつむり 耳鳴りのする春20180329

飛び出し太陽

影があるく 風がしゃべる 飛び出し太陽 車に轢かれた声が消えちゃうから 僕、手を挙げて言った 「飛び出したいんです」 飛び出し太陽 散り塵の星々 さよならお月もう行くね、 そう言って僕は 何万光年の時間を 見つめてきた いつだってペラペラになる準備は …

森の神様

森を歩いた 糺の森を歩いた 雨が降っていた 人がたくさんいたのに静かだった 橙の傘を天に差した 蝉達がぎゃんぎゃん泣き喚いた ひゅうっと冷たい風が吹いた 首の後ろの窪み雫が落ちた やがて幹や草葉に光の螺旋が降りてきた 森にちいさな神様がたくさん集ま…

あるひとつのほうほう

このつめたいきもちから 距離を置くことができる それはひとつのほうほう あるひとつのほうほうで。ずいぶん遠くまで来てる そんなふうに思ったけど 凄く近いところにいた。 遠くにはいっていなかった。 楽しい気持ちのなかに 浸っていたかっただけで 何層に…

ねむり けむり

朝も眠るふゆの夜明け前 ちりちりと焦げる音で目が覚めるベッド脇に立てたお香は 灰のまま直立し 息絶えていた狭い部屋に充満した においとけむり 開かれることなく横たわる本 クローゼットで待つ スプリングコート 紙や服の繊維のなか ちいさくなって一緒に…

彼岸のカイト

窓辺に吊り下げていた グリーンネックレスの蔓が伸びて 長く間延びしたそれを 切り落とす。遠い冬宙に浮かぶカイトが 風にちぎれたまま 役目を終えて戻ってくる ようやく地面に還れると安堵した顔で。