魚野真美 詩舎 夜の目撃者

詩と、その周辺について。

エリ

エリ

祖母の家には猫がいた
名前をエリといった
猫を可愛いと思うのは女の子だからと思っていたし、エリはエリという名前だったから猫は全て雌猫なのだと当時年長組の私は思っていた。
もうひとつ、エリの身体にぶら下がるものがなかった。祖母はエリは「きょせい」していると言っていた。

いつも家に行くと私達は
顔を近づけて鼻と鼻の先を合わせて挨拶していた
眼には眼で、鼻には鼻で。
それが一番の挨拶だとお互い確信していた。
エリの鼻は濡れていたり乾いてたりしていた
その違いはなにかわからなかったし、何故だか自分でもわからないけど
湿ってる時の方が私は嬉しかった。

二階への階段をあがったところに
エリはだいたい横たわっていた
そこに私は添い寝して
エリと鼻と鼻を合わせようとした
けどエリはこっちを向いてくれなかった
仕方なくつややかな茶色い身体を撫でたり
エリの好きな顎の下を指先で掻くように触ったりしていた

帰る日
廊下で寝そべる
エリに顔を近づけた
バイバイ、
またくるね。
鼻と鼻を合わした
しっとりと濡れてて
すこしひんやりした
鼻息は生暖かかった
エリの尻尾の先がぴくっと動いて
私はおへそのあたりがじんわりした

エリは、ほんとはエリオットという名前だよと父は言っていた

その翌年
阪神淡路大震災がきて
祖母の家へ暫く行くことができなくなった
その間、色んな猫に顔を近づけてみた
猫はエリじゃなかった。
エリの鼻を私はよく覚えてる。